大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和39年(ネ)1099号 判決 1969年7月17日

控訴人

鴨川化成工業株式会社

代理人

輿石睦

外一名

被控訴人

京葉化学株式会社

代理人

高屋市二郎

外一名

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴人は、被控訴人に対し、被控訴人が千葉県船橋市宮本町一丁目一九九四番地の三(公薄上宅地176.76坪、584.33平方米)と同町一丁目一九七二番地の一(公薄上宅地1768.97坪、5847.82平方米)の北側を経て、その東方の公道に至るまでの土地(本判決添付別紙第一図面中の赤斜線の部分、実測約四二〇坪、1388.42平方米)を被控訴人船橋工場の通路として使用することを妨害してはならない。

3  控訴費用は、控訴人の負担とする。

4  この判決は、第二項にかぎり、かりに執行することができる。

事実

控訴代理人は、その控訴につき、「1原判決を取り消す。2被控訴人は、控訴人に対し、原判決添付別紙第一物件目録および本判決添付別紙物件目録記載の土地建物等を明渡し、かつ、金五五万四四九〇円および昭和三六年九月一〇日より右明渡ずみに至るまで一カ月金五五万四四九〇円の割合による金員を支払え。3訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および右第二項について仮執行の宣言を求め、被控訴人の当審における請求につき、「1被控訴人の請求を棄却する。2訴訟費用は、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴人の控訴につき、主文第一項同旨の判決を、当審における請求として主文第二、三項同旨の判決および仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠の関係《中略》

被控訴人の主張

一(通行権の根拠)《省略》

二(控訴人の主張に対する答弁および反論)

(一)  同主張二、(一)中控訴人主張の各物件が工場財団組成物件であることおよびその抵当権者が控訴人主張のとおりの四名であつたことはいずれも認めるが、右抵当権者らが本件賃貸借に同意を与えるに際し賃貸借の期間を三年とすべき旨の条件を附したことは否認する。そもそも工場抵当法上の抵当権者の同意は、賃貸借の有効要件ではなく、抵当権者に対する単なる対抗要件にすぎないと解すべきであるから、その同意のいかんにかかわらず、賃貸借は、当事者間においては有効に成立しうるものであり、かりにそうでないとしても、本件において各抵当権者は賃貸借の期間が更新されるべきことを前提としてこれに同意を与えているのであるから、本件賃貸借が三年の経過とともに当然失効するいわれはない。

(二)  のみならず、本件契約成立当時の抵当権者たる訴外株式会社千葉銀行はその債権を訴外鴨川工業株式会社に譲渡し、またその余の抵当権者は債務の弁済を受けて、いずれも現在抵当権者ではない。そしてこれら譲受または弁済の資金は全部訴外株式会社木下商店が拠出したものであり、同訴外会社は、控訴人および訴外鴨川工業の完全な親会社であるから、控訴人の抵当債務は事実上混同に等しい状態で消滅しているといえるのである。かような事情下において、控訴人が抵当権者の同意を理由に本件賃貸借の終了を主張するのは、信義則に反するといわなければならない。

(三)  控訴人の主張二、(二)は争う。同二、(三)は認める。

控訴人の主張

一(被控訴人の主張一に対する答弁)《省略》

二(賃貸借の終了原因等)

(一)  本判決添付別紙物件目録第一a、b、c、d、第二a、b、d、e、g、h、i、j、kの各物件は、いずれも工場抵当法による工場財団組成物件である。そして、同法一三条、一四条によれば、工場財団およびこれに属する物件を賃貸するには、抵当権者の同意を要するのであり、この同意を欠いた賃貸借はその効力を生じないものと解すべきである。本件工場財団の抵当権者は、訴外株式会社千葉銀行、同三菱商事株式会社、同国、および同燐化学工業株式会社であるところ、これらの抵当権者は、いずれも無条件の同意を与えたのではなく、千葉銀行は、昭和三三年七月一九日「期間満了の際には改めて当行の承認を得なければならない。」との、三菱商事は、同年九月一九日「賃貸期間三年の期間満了後はいつにても立退かせうること。」との、国の代理人たる関東財務局長は、同年一一月一一日「賃貸期間満了の際は、改めて当局の許可をうること。」との、燐化学工業は、同月二五日「三カ年の期間満了後はいつにても立退かせること。」との各条件を付して同意を与えたのであるから、控訴人、被控訴人間の本件工場財団組成物件についての賃貸借は、三年の期間経過とともに当然失効し、その後更新その他の問題が生起する余地がない。

(二)  かりに三年の期間経過とともに当然失効しないとしても、前項記載の諸事情は、本件賃貸借が一時使用のためのものである根拠の一となりうるものである。

(三)  なお、原判決添付別紙第二物件目録記載第一の土地は、その一部について、その後の分筆により本判決添付別紙物件目録記載第一の土地のとおり表示が変更された。

(四)  被控訴人の主張二、(二)の信義則違反の主張は争う。

証拠の関係《省略》

理由

一〜四《省略》

五控訴人は、「工場財団組成物件について賃貸借をするには工場抵当権者の同意を要するのであつて、この同意を欠く賃貸借は無効と解すべきであるところ、本件賃貸借においては期間三年についてのみの同意があるだけで更新された賃貸借につき同意がないから、右は三年の経過により当然消滅した。」と主張し、これに対し被控訴人は、「右同意は抵当権者に対する対抗要件にすぎないから、これを欠く賃貸借も当事者間においては有効と解すべきであるのみならず、本件において抵当権者は更新を前提とした同意を与えているから、三年で当然消滅するいわれがない。」と主張するので、この点について検討する。思うに、企業経営のための土地、建物、機械器具その他の物的設備、工業所有権等は経済上たがいに有機的な結合をなし、全体としてみた場合特別の経済的価値を有するものであるから、これらを一括して一個の財団を組成し、これに担保権を設定する方途を開いたのが工場抵当法である。組成された財団は一個の不動産とみなされるのであるが(同法第一四条第一項)、このように一個の不動産とみなしても、物理的には各独立したものであることに変りはなく、ことに動産は独立して流通におかれる可能性が少くないから、法は第一三条第二項本文において、「工場財団ニ属スルモノハ之ヲ譲渡シ又ハ所有権以外ノ権利、差押、仮差押若ハ仮処分ノ目的ト為スコトヲ得ス」と規定し、財団組成物件の個々的な処分を法律上禁止し、財団の単一体としての価値を維持し、抵当権の保護を図つているのである。その趣旨および右条項の文理からすれば、同項に違反してなされた譲渡その他の処分は、その効力を生じないものと解するのが相当である。この理は、工場財団よりもその有機的結合の度合いが弱いといえる同法第二条以下のいわゆる狭義の工場抵当について、法は、その目的物件に対する個々的な差押等を禁止する(同法第七条第二項参照)だけで、とくにその処分を禁止せず、ただ第三者に引渡されても即時取得の成立しないかぎり抵当権が追及しうる(同法第五条参照)としているにすぎないのに対し、工場財団の組成物件については、前記明文をもうけて抵当権の実行による処分以外の処分を禁止していることからも、理解しうるところである。そして、右法条の但書は、但シ抵当権者ノ同意ヲ得テ賃貸ヲ為スハ此ノ限リニ在ラス」と規定する。その趣旨を考えるに、工場財団抵当を設定した場合、財団の使用は当然設定者に認められるべきこと一般の抵当の場合と異るところがない。したがつて財団について第三者のために賃借権を設定し、これに使用を委ねたとしても、そのこと自体は、抵当権者に不利益をもたらすわけではないけれども、財団組成物件が抵当権設定者の現実支配を離れ、第三者の支配下に入るときは、往々にしてその有機的結合の弛緩を招き、ひいては財団の交換価値の低下を来すことなきを保し難い。しただつて、工場財団に属する物件については、賃貸借といえどもこれをみだりに認めるわけにいかないのである。さりとて、財団組成物件の利用は、抵当権設定者自身によるよりも、第三者によつた方がより経済的に効率的な場合なしとしない。もしそういう場合があるならば、それは抵当権設定者にとつても抵当権者にとつても好ましいことといわなければならない。この二つの要請における妥協として認められたのが抵当権者の同意であるから、それはこの場合賃貸借の有効要件であつて、単なる対抗要件というべきではない。被控訴人の主張は採用しない。

しからば、本件の場合、抵当権者らは賃借権設定の時に同意を与えたのみで、更新について同意を与えていないから、更新の効力なく、賃貸借が期間の満了によつて終了したというべきか否かを考えてみるに、右抵当権者らは、本件賃貸借について三年の期間満了の際にはあらためて同意をえなければならない旨の条件を附加してこれに同意を与えたものと解すべきことは、いずれも前認定のとおりである。しただつて、右抵当権者の同意が少くとも期間三年の賃貸借に対する同意であることはいうまでもない。ところが右同意には、三年の期間満了の際には改めて同意をえなければならない旨の条件が附加されているので、その意味を考えてみるに、工場財団抵当においても抵当権者はその価値のみを把握しているものにすぎないことは、一般の抵当権の場合と異なるところがないから、その同意のもとに一旦賃借人に許容された利用が抵当権を害するに至つたとかあるいは抵当権実行の必要がある等特段の事情のないかぎり、抵当権者としてその利用を排除しなければならない必要は全くなく、ことに本件においては、前記のとおり、会社の再建が見込まれており、その再建のために必要なものとして賃貸借が締結され、賃貸人、賃借人間においてその更新を必要なものとしていたのであつて、抵当権者らは右賃貸借の必要性と利点を諒承したが、さりとてこれが長期にわたつてその存在が将来の抵当権実行の障害になることを懸念し、期間満了の際にはあらためて同意を得ることを条件として本件同意を与えたのであり、右のような条件を付したのは、むしろ、抵当権者として更新を前提としたうえで更新の際に右のような点について再度考慮する機会を留保したにすぎないといえるから、右条件は、期間満了の際に抵当権者にとつてなんの必要性もない場合においても更新に対し同意を与えずにその時点で賃貸借を終了させる権限を留保する趣旨と解すべきではなく、右賃貸借の存在が抵当権を害するに至つたとかあるいは抵当権実行の必要がある等正当の理由のある場合でなければ更新に同意を与えないで賃貸借を終了させることができない趣旨と解するのが相当である。ただし、右のような正当の理由がない場合には、本件賃貸借の存在は、むしろ再建の一助となつて抵当権設定者たる会社の利益となるのみならず、債権の満足を期待する抵当権者にとつても利益にこそなれ、なんら不利益になるものではないからである。

そして、本件において、抵当権者に右のような正当の理由があつて、更新を拒絶したことについてはこれを認めるに足るなんらの証拠がないから、本件賃貸借が三年の期間経過とともに当然終了したということはできない。《以下省略》(小川善吉 松永信和 川口富男)

別紙・物件目録《省略》

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例